銀河鉄道の夜

宮沢賢治の“銀河鉄道の夜”を中心にされた朗読、音楽の会に参加することとなり、小中学生のころ以来かな?賢治の世界にひたっています。

僕は詩を読むのが正直なところどちらかといえば不得手で、というのも繊細な言葉のニュアンスを浮かび上がらせ理解する能力に乏しいような気がしていて、とても詩的な物語である”銀河鉄道の夜”も、他のいわゆる物語を、まあ例えば10とすると、6~7くらいのところで体に入っているようです。

むしろ僕にとって詩などは内容や文脈が具体的にどうというより、ぼんやりとしたイメージのかたまりみたいにとらえるほうが、性にあっているのかもしれない、そんなことも考えたりしているのですが。

そんな僕も、もう少し違う切り口から読み解けないか?と資料をあたっていると、角川文庫版の”銀河鉄道の夜”の後書き、解説を臨床心理学者の河合隼雄さんが担当されていると知り、文章を取り寄せることに。タイトルは”過透明なかなしみ”。安易に口に出された言葉ではなく、自分は修羅であるとも語った賢治が、死、生きるにどこまでも深く、非情なまでの意思を持って近づいた「かなしさ」。

炎のような激しい強さと、物音一つ響かない静かな諦念感。過透明であるということ。”銀河鉄道の夜”のかなしみとは。ジョバンニとカンパネルラが旅した夜空で、僕たちはなにを眼にするのでしょうか。

2013年11月14日  岡山 知憲


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